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キャリア支援センター設立にあたって(Q&A) (PDF版は こちらです。)
【以下は、所信表明をかねて、坂東昌子キャリア支援センター長が、センター設立記念式典後に受けた報道機関からの質問とそれに対する回答を思い出しながら再構成したものです。当日、曖昧であった事実について後に判明したものは修正し、またお話すべきであった点について見落としたものも付け加わえさせていただいています。ここでは、質問にお答えするという体裁をとっていますが、キャリア支援センター長としてこれから1年、活動させていただくに際しての希望と決意を表明したものとお受け取りください。 キャリア支援センターは始まったばかりのですので、これから、広く学会員のご意見をいただきながら進めていくつもりでおります。どうか積極的なご提案をいただき、活動にご協力いただきますようお願い申し上げます。そして、さらに、日本物理学会が始めるこの事業に対して広く関係諸機関ならびに、市民の皆様のご理解と積極的なご助言を心からお願いする次第です。】
目次 Q2. ポスドク問題解決に向けた公的機関の設立のような計画はありませんか? Q3. この委託事業は3年ですが、3年でキャリア支援センターは終了ですか。 Q5. 物理学会がこの活動をやる意義はどこにあるのでしょうか。 Q6. 同様の活動を行っている他の機関(文科省に採択された諸機関)との今後の連携はどのようにしていくつもりですか。 Q8. 9月に式典をやって事業開始では遅いのではないですか。 Q9. 記事に出た 20%ルールは坂東さんの個人的意見か,あるいはより大きなグループ(支援センターもしくは物理学会)としての意見でしょうか。 Q.10 ポスドク以外の人材の活用についてはどう考えていますか。
A1. キャリア支援センターの事業運営方針ご説明の際に述べさせていただき、お渡しした資料にも掲載しましたが、物理学会が行う活動は、常に、データに基づいて方針を出し、それに基づいて提言をしてきましたので、「アンケート調査以外の活動」といわれると、ちょっとニュアンスが違います。我々の活動方針はすべて、アンケートに基づいて計画するということなのです。 ポスドク後のキャリアパスとしてさまざまな方向が考えられておりますが、「現在いるポスドクをどう活用するか」と、「現在のようなインプットとアウトプットのアンバランスをどのように長期的に克服していくか」ということとは、分離して考えることが必要でしょう。ポスドクの状況を分析して把握し、それをもとにして連携協力機関とともに人材活用のための道筋を考えると、たとえばポスドクのための研修会や産業界や大学人とのポスドク問題に関するシンポジウムを行ったり、キャリアパス多様化の1例としてインターンシップ制を導入することなどが考えられます。しかし、これらの試みは他の大学や研究所などの事業としてかなり多様な形で行われていますので、むしろ、大学・大学院教育を直接担当する会員を擁している学会として、指導側の意識改革を推進し、多様なニーズに対応した大学院教育のありかた、更には、業際領域の拡大を狙いとした他学会との協調関係推進や新しい学問領域の開拓、産業分野の開拓を模索すること、あるいは科学技術発展にとって最適な人材配置に対する提言などを具体的に検討することが大切だと考えています。 もちろん、ポスドク側の状況把握だけではなく、企業側、教育側、行政側それぞれの現状や人材育成の方向などをヒアリングやアンケート調査によって把握することも必要です。また、大学院教育と担当する研究指導者の現状や意識状況も大切になります。さらに現在、日本の研究教育機関における教員研究員の実態と分布を具体的に把握し、わが国の知的人材の配置のあり方も検討する必要があります。私たちはあくまでデータに基づく客観的な状況把握の上に立ったプロセスを追及することだと考えています。そうしてこそ、長期的な展望の下に、ポスドクのキャリアパスとしてさまざまな方向を現実的なシミュレーションすることができるのだと思います。このアンケート調査はその大切な1歩となるでしょう。私たちはあくまでデータに基づく客観的な状況把握の上に立ったプロセスを追及することが不可欠だと考えています。 今年度は、こうした基礎的な調査・検討に重点が置かれると思います。多くの関心をお持ちの学会員の方々、各層の見識をお持ちの皆様にも呼びかけて研究会や検討会を行痛いと考えています。この基盤をしっかり固めておくことが、今後の活動の大きな機動力を生み出すであろうと思います。 Q2. ポスドク問題解決に向けた公的機関の設立のような計画はありませんか?
A2. ポスドク問題解決に向けた公的機関とおっしゃる意味がよく分かりませんが、現在行なわれているキャリアパス多様化促進事業は、ポスドク問題解決のためのごく一部に過ぎません。我々の取組みでは、単に現在のポスドクのキャリアパス多様化支援にとどまらない我が国の学術及び高等教育の根幹に関わる問題をも扱うべきと認識しています。ですから、科学技術創造立国としての我が国の将来像を示し、その基盤を担う科学技術人材をどう育成するかという長期的視点を必須とする基本問題をアカデミアの側から具体的に提示する機会であると捉えています。今回、日本物理学会が東京大学と連携いたしましたのは、東京大学が日本の多くの大学からのポスドクを受け入れている機関であること、一方、物理学会は全国に会員を擁していること、いわば両者が全国区の縦糸・横糸の役割を担って、この問題に取り組める関係を築けると考えたからです。 繰り返しになりますが、我が国が科学技術創造立国としての将来像を構築し、長期的な視点で学術および高等教育の将来ビジョンを検討し、国の科学技術政策に積極的に働きかけていくこと、そのためには、当面の人材活用のみならず長期的な視点からの人材確保についても量的予測をすべき立場にあると思っておりますので、この事業で基礎的資料を正確に把握する基盤を支える公的機関の設置を求めていくかも知れません。例えば、フランスにおける国立科学研究センター(CNRS)のような組織です。目前の問題解決と長期的展望とを視野に入れて、本事業の中で基礎的な調査作業や勉強会を進めるつもりでおります。 また、我が国におけるイノベーション創出の現状について国際比較も行いつつ、調査検討を進め、しかるべく提言するというところまで射程にしております。このような科学技術政策に積極的に提言できる基礎データの掌握を目指す必要があると考えております。 このポスドク問題、人材養成問題がこうした取組みへの好機をもたらすことに貢献できれば学会として事業を行う意味がより大きくなると思われます。したがって、全面的な解決に至るための施策推進の中で、たとえば産官学連携による新しい学問領域開拓のための公的機関設立などは十分考えられると思います。 Q3. この委託事業は3年ですが、3年でキャリア支援センターは終了ですか。
A3. 計画上は3年の期限付事業です。従って、日本物理学会としては、今回の事業のために期限付きプロジェクト用の規定を理事会が承認し、特別会計を組んでこの事業を推進することに決めました。しかし、すでに、物理学会としては、物理人材活用委員会という組織を設置することを決定しておりました。そして、1月から、この物理人材委員会が正式発足させております。これは特に期限をつけた活動にはしておりません。そして、この委員会の下、すでにいくつかの活動を開始しておりました。 キャリア支援センターは、文科省の委託を受けた活動を担うために設立されました。この事業が終了する3年後、その成果を総括すると同時に、物理人材活用委員会として活動を継続するのか、あるいはセンターを何らかの形で継続させるのか等を考えることになると思います。この事業は社会的にも重要な意義があり、今後も必要と考えられる可能性が高く、何らかの形で、さらに発展させる必要が出てくると考えています。
A4. 先ほどの説明でも申しましたとおり、ポスドク終了後の活動の場として大きいと考えられるのは、大まかに分けて行政部門、教育部門、産業部門となります。もちろん、そのほかに、ジャーナリスト、サイエンスコミュニケータ、弁理士や知財関連、さらには小説家、翻訳家等の自由業もありますが、これらはそれほど多くのニーズがあるわけではないと思われます。教育部門、行政部門についても、科学技術創造立国にふさわしい理系の専門家としての職業の位置付けが必要だと思っております。やはり、諸外国に比べてもこれらの分野に理系の専門家が少ないという現状があり、この問題は克服していかなければならないと思うからです。 産業界への貢献策については、経団連のアンケート調査をご紹介しましたように、現在は大企業が博士をあまり必要としていないし、博士を受け入れる体制もできているというわけではありません。しかし、一方で、少ないながらも博士を必要としている企業が17%はあるという事実にも注目すべきです。 振り返ってみますと、1980年代には日本の技術力の高さが世界に恐れられ、米国では、当時日本語でかかれた磁性研究などの雑誌の英訳版をわざわざ出していたというほどです。日本の電機メーカーの電気製品のエネルギー効率の高さは世界的にも群を抜いていたという話も聞きます。こうした、先進的な日本の技術力が、今やアジアに押され、知的財産の重要さを再認識した米国の新たなる戦略 を前に、バブル崩壊後の産業界の創造的研究所の縮小や、大学の再編成のために、急速に底力を失いつつあります。フォローアップの時代からトップランナーの時代に向けて、日本企業のイノベーション創出へ目標としているであろう先進的な科学技術の発展への意欲を支えるのは、第一に人材です。ですから、現在のところ17%ある博士を必要としている企業のニーズをきちんと把握し、基礎研究のバックグランドを支え、いかにしてイノベーション創出を可能にするのかという成功事例を構築しつつ、徐々にそういった企業を増やしていく活動をしようと考えています。もちろん、これはそう簡単ではありません。しかし、長期的な展望を見据えながら、物理学会を支えてくださっている企業(賛助会員)のご意見をも参考に検討したいと思っています。 Q5. 物理学会がこの活動をやる意義はどこにあるのでしょうか。
A5. このキャリアパス多様化促進事業の受託機関はほとんど大学で、その他に公的研究機関が二つです。学会として採択されたのは物理学会が初めてとなります。 大学での活動となると取り組みやすい分野あるいは対象者の数が多い分野に限られたり、キャリア・パス多様化といいつつ現在抱えているポスドクの行き先を早急に確保しなければならないという事情をかかえていますので、どちらかというと、就職先の紹介といった目前の問題に目が向きます。しかも、大学内にいる人たちに限られてしまい、全国規模での展開は大変難しいと思います。 その点、学会では物理学の全分野を網羅しますし、キャリア・パス多様化事業も全国規模で展開できるというメリットがあり、それだけ社会へのインパクトも大きくなると思います。是非、ポスドクをめぐる社会システムを改善する提言に繋げていきたいと思います。
Q6. 同様の活動を行っている他の機関(文科省に採択された諸機関)との今後の連携はどのようにしていくつもりですか。
A6. 私たちは、この事業の全国的な連携の輪を広げたいと思っております。連携機関としての大学は今のところ4大学ですが、徐々に広げていくつもりです。そうでないと、この問題の解決への道はありません。是非連携の輪を広げていきたいと考えています。よろしくお願いします。
A7. 学会同士の連携ももちろん強めていくつもりです。日本物理学会がこの事業をすすめるのは、学会が取り組む最初の例となりますが、他学会との連携では、まず物理系学会、例えば応用物理学会や物理教育学会、さらに光学、機械、地球物理、生物物理、物理化学等の学会に対して、アンケートへのご協力をお願いするつもりです。第一段階として、物理系人材活用に向けて連携していく基礎を固めたいと思っております。さらに、現在、ポスドク問題を抱えるその他の学会、特にバイオ、ライフサイエンス分野の多くの学会ではより深刻な問題と捉えられていますが、これらの学会とは、男女共同参画学協会連絡会で一緒に人材活用問題に取り組んできた実績もありますので、当面は、この学協会を通じて人材活用のための連携を訴えていくことになるかと考えています。 また、この事業は、学協会の横の連携を強めることによって、境界を越えた新分野の開拓や、新しい職業創成へとつなげていけると思われます。学問的な広がりと職業の開拓とがいわば車の両輪のような形で進行すれば、日本の科学技術を支える基盤が強固になると思います。先ほど、運営方針の中で紹介しましたように、放射線医療を通じての放射線医学会との協力関係は、こうした突破口のひとつになるのではないかと期待しております。 実は、今秋北海道大学で開催される日本物理学会第62回年次大会中にも、ビーム物理のセッションで、企画講演「物理と医学の融合の新展開」というシンポジウムが開かれ、医学物理士の教育の問題が取り上げられます 。連携機関であるお茶ノ水女子大学で、12月1日(土)に開催予定のシンポジウム「物理学に夢とロマンを-拡大する物理学の地平線とキャリアパス」でも、この問題を取り上げる予定です。このように、放射線医療、医学物理学へのより具体的なアプローチの方向性が、少し見えてきたところです。これが典型例となって、新しい学問領域さらには産業領域の拡大への方向へとつなげていければと期待しています。 Q8. 9月に式典をやって事業開始では遅いのではないですか。
A8. 実際に取り組む事業内容は、物理人材活用委員会において十分検討し、すでにその一部については始めておりますので、今から始めるわけではありません。本年5月から、センターについての説明会やアンケート調査の検討準備会など、多くの仕事を開始しておりました。 日本物理学会の歴史的には、研究者環境分析委員会が、現在の学会員の抱える問題がデータとして整理され、この調査結果が2005年11月に報告書として提出されたのを契機に、実際に取り組む緊急の課題としてポスドク問題が提起されました。それを受け、学会の中にポスドク問題検討準備委員会ができ、準備討論を重ねた末、2007年1月には、ポスドク問題だけではないという認識の下に、物理人材活用委員会を発足させています。このような流れの中で、この事業についての企画があたためられてきたものです。 文科省の委託事業として採択されたのは本年5月ですが、その前段階として、学会組織の中でこうした事業受け入れ自体初めてのことでもあったので、事業としての独自性や学会との組織的関係など、原則に則った規約の整備や体制を整える必要がありました。具体的には、組織原則(特に会計の取り扱いや人事)を明確に規定すること等です。物理学会は、実質的に仕事を進めるほうは得意なのですが、どうしても組織的、経営的位置付けを計画にしないまま、実質の仕事の部分だけに目がいってしまう傾向がありましたので、今回はこの点にも十分注意して、組織的な整備を十分注意深く進めてきました。 さらに、この事業では、事業を進めるための陣容(プロジェクトマネージャーやサブネージャー・事務担当など)を公募によって決定する必要がありました。この9月に、やっと陣容が整い、体制が明確になった時点で、設立記念式典を開いたということです。準備に若干手間取って、多少、遅い開設記念式典となりましたが、多くの方々にこのセンターの意義を知っていただき、今後連携を強めたいと考え、こうして記念式典を開催することにしたのです。 すでに、日本物理学会の学会誌では、この1月から「ポスドクシリーズ」と題して、多くの学会員への訴えと問題への理解を深めるため、学会員でない方々にもご参加いただき、さまざまな立場からの論考を継続的に掲載しており、いろいろな反響もいただいております。また、準備に相当の時間をかけてきましたので、この開始を待たずに、すでに実行した企画もいくつかあります。アンケート調査についてもこの4月からずっと継続的に集中した議論を行い、準備を進めてきましたので、進捗自体は遅れてはいないと思います。この事業に一定の資金的な裏づけができた現在、よりスピーディーに効果的に取り組むことができると思います。 Q9. 記事に出た 20%ルールは坂東さんの個人的意見か,あるいはより大きなグループ(支援センターもしくは物理学会)としての意見でしょうか。
A9. 現時点では個人的意見です。しかし産業界などでは、この種の取組みは行われていますので、大学教育現場でも必要になると思っています。20%ルールという言葉が、大変わかりやすい言い方でしたので、一応今後使わせていただくことにしますが、私の強調したいことは、20%ルールというのがある種の精神を表していることです。経緯をご存じない方のために、詳しく説明しますと、去る7月2日、「科学技術関係人材キャリアパス多様化促進事業連絡協議会の席上、私が理研の報告の際、コメントしたことがきっかけとなっています。おそらく、ポスドク問題を最も深刻に目前に抱えているのは、理研、産総研といったプロジェクト方式が大半を占める研究所です。あとは、東大、京大がほぼ1000人規模のポスドクを擁しており、この4機関に、5000人弱と思われる人数、すなわち全国にいるポスドクのほぼ4分の1が集中しています。その中のひとつである理研は、昨年度からこの事業の委託を受けていますが、そこから「ポスドクはプロジェクトで雇われているので、就職のことを考える余裕も時間もない。」といった発言がありました。そこで、私が聞いた米国の例(参考参照)をお話しいたしました。そのときに、こういう取組みが、日本でもできないかなという内容の発言をしたのです。
【参考1】 ■アルゴン国立研究所では、様々な研究領域が集積している機関の特徴を生かして、ポスドクが指導教官の下、主たる研究を行いながらも、一定の割合で、主業務以外に興味のある研究テーマについて同一機関内の他部門と共同研究ができる仕組みを整備しつつあるとのである。これは、今後の新しい発見やイノベーションが様々な研究分野の融合によって発展していくことを想定したものであり、機関における研究活動の活性化のみならず、将来の科学技術を担うポスドクの視野とスキルの幅を拡げる上で重要であると考えられている。また、このような仕組みにより、ポスドクの分野間での流動性が高まり、同一機関の異なる部門で職員として採用されるケースが増えるといった話も聞かれた。 ■バンダービルト大学では、指導教官がポスドクの研究目標や進路希望などを把握するように努めている。ポスドクの希望をもとに、ポスドクが将来的に教育専任ポストを希望している場合には、主たる研究を行いながら、一定の割合(3割程度)で教育指導を担当できる制度を設けるなど、研究分野でのトレーニングばかりではなく、キャリア開発に繋がるサポート環境が用意されている。 (文部科学省科学技術政策研究所三須敏幸氏が、米国でインタビューを行なった内容の一部。三須氏に了解を得て、掲載。)
いろいろな機会に、研究活動での時間的ゆとりの保障や従来のテーマから他分野への志向を目指した奨励金など、新しい分野に挑戦しやすくする制度についてのご意見を耳にすることは事実です。そういう背景があり、こういう措置が必要だという話をしました。そして、私が日本での可能性について言及したのです。しかし、物理学会からの提言にまとめるには、アンケート調査の結果や、委員会理事会での議論が必要です。「ポスドクは視野が狭いのではない。今の制度が視野を狭くしているのだ」という意見もあると思います。 最初に申し上げたあの場でもそうでしたが、この考えを多くの人が積極的に受け止めてくれたようで、賛成意見が多かったように思います。また、新聞記者も結構興味をもってくれたようでした。 新聞に、物理学会で提言したかのような記事が出て、誤解されているようですが、学会として提案する段階にはなっているわけではありません。学会からの提言は、多くのきちんとした議論と、それに必要な裏づけをもって、しかも誤解のないような文章として理事会で最終決定された後に、公になるものです。男女共同参画に関する二つの提言も、実態調査の結果に基づき、ほぼ1年かけて議論を煮詰め、理事会で決定されました。それだけ中身には重みがあるということです。 以上のような経緯があることをご承知おきください。よって、20%ルールというのは、今のところ、私的な意見です。どうか誤解されませんようにお願いします。 しかし、この20%ルールは、いわば研究のあり方や高度科学技術者の仕事のやり方を表す象徴的なスローガンであると思っています。実際、創意的な新製品を世に送り出している企業では、こうしたルールは結構あると聞きます。最も有名な例は、グーグルです。これはマスコミでもよく取り上げられているのでご存知の方も多いと思いますが、日本の企業の中にも、Post-itなどのアイデア商品を出している3Mなどが、制度化しているそうです。こちらは、15%ルールだそうですが。 あれ以後、いろいろな方面から反応がありまして、支持する人が結構多いと感じています。しかし、明確にしておきたいのは、このルールは「雇う側」が作るルールであることです。また、物理学のほとんどのポスドクは、多くの場合、雇用主に関わらず研究のテーマを比較的自由に設定し、雇用主以外の研究者と共同研究できるのが普通ですので、そういう意味では自立した研究者としての資質を養っており、今さらこんなルールを提案する必要がないという場合も多いと思います。「理論関係ではそもそもポスドクにdutyという概念は存在しません。20%ルールという言葉から、それ以外は自由な研究ができないようなところがあるのだろうか。」という印象でした。そもそも理論関係のポスドクの場合には、このようなルールは関係ないでしょうねという意見も寄せられました(参考2参照)。そういう意味では、プロジェクト型の多い分野やプロジェクト遂行のために雇われているポスドクには、このルールの意味が重要になりそうな気がします。 ただ、こういう精神的な目標を掲げることによって、物理学会自身の視野が広がり、職業だけでなく、物理学の新しい分野が開拓できるかもしれません。
【参考2】 天文においても、観測、機器開発プロジェクトにおいては、プロジェクト研究と個人研究の切り分けの問題は存在します。天文学会ではずいぶん以前から議論がされており、おそらく少なくとも5、6年前ごろからは、すばるやアルマと言った大プロジェクトの研究員に対しては、30-50%の個人研究の時間を確保することを保証するという文言が雇用時の書類に明記されているはずです。しかし、数年前の天文学会ポスドクフォーラムですでに問題として認識されているのは、このような数値は実際にはほとんど意味をもたないということです。 理由は以下のとおりです。
常勤研究者が*150*%程度の時間(夜や休日を使ってという意味)を割いてプロジェクト研究を行っている傍らで、9時5時というか9時3時でプロジェクト研究を行い、3時5時で個人研究を行えるような文化的土壌ではない。 実際には、そのプロジェクト研究で貢献してそこで常勤職を得ることをゴールとしている以上、個人研究を行って論文を書きそこで業績を上げるよりも、現在のプロジェクトにおいて、常勤研究者として採用することが必要と思われるほどの貢献を印象付ける方が自分にとっても得である。
前者は自己判断なので良いとして、後者については(もちろん最終的な結果としてこうなったということもあるのですが)、「個人研究の時間確保」がルールとして保証されているからというのは、解決になりません。というわけで、天文学の分野では、すでにそのような数値ルールを実際に実行させることの困難さに直面して、その解決策を模索しているところなのです(もちろん答えはまだありません)。
学問の発展と結びついて、ポスドク問題解決のいい方向を見つけられたら日本の科学技術のさらなる豊かな発展が期待でき、物理学会として取り組んだ意義が大きいと思っています。 他の機関の取り組みは多かれ少なかれ、いわば職業斡旋が中心です。学問の中身に跳ね返って、物理学がより豊富な成果につながらなければ、物理学会として事業を展開する意義は半減します。職業創成と新しい学問分野開拓とを結び付けられたときに、初めて物理学会で取り組んだことに大きな意義があるのだと思っています。これは、若い人だけの問題ではありません。物理学会員のシニアな研究者が、物理学の更なる広大な領域に挑戦する楽しさを味わいながら、この事業にも取り組んでくれたら視野が広がって面白いなと思っています。この新聞記事に最初に賛同意見を述べてくださった和田昭允先生(東京大学名誉教授、お茶の水女子大学学外理事、理化学研究所ゲノム科学総合研究センター特別顧問で生物物理を立ち上げられた先生)は、ご自分の記事の中で、このことについて触れた文章を付け加えてくださいました。その一部を紹介します。 指導教官が、研究を一つのテーマに集中させ「専門性」を際だたせた場合、結果として起こる「視野の狭さ」や「社会性の欠如」が社会への進出を阻んでいるというわけです。私は、「20世紀は様々な専門領域-数学、物理学、化学、さらには工学、医学、薬学、農学等々がそれぞれ顕著なピークを出した百年だった。21世紀には、物質科学、情報科学、エレクトロニクス、コンピューター・サイエンス等々が既成の領域に横糸を通す形で壮大な織物が出来るだろう。これからの研究は過去にとらわれることなく、全自然科学はもとより社会科学までも総合的に俯瞰する新しいコンセプトで始めなければならない」(*)という気持ちから、若い皆さんが学問領域の分水嶺を超えて越境することを願って来ました。今回の日本物理学会の勇気ある提言は、就職問題だけでなく、学問全体に計り知れない正の効果をもたらすと私は信じます。
これにはとても励まされました。和田先生は、連携協力機関であるお茶の水女子大学と合同で来る12月1日に行うシンポジウム「物理学に夢とロマンを-拡大する物理学の地平線とキャリアパス」でお話くださることになりました。暗い気持ちでなく、楽しく心豊かに、未来を見つめてこの事業に取り組んでいきたいのです。
Q.10 ポスドク以外の人材の活用についてはどう考えていますか。
A10. ポスドク問題を根本的に改善して行かないと、将来にわたって同様のポスドク問題が継続されることになります。現在博士課程にいる学生や、さらには博士課程に進学を考えているような方まで含めて活用策を考えていきたいと思っています。 今回、日本物理学会自らが、知的人材活用のための新しい職種や新しい活用の道を開拓することは、科学の社会的還元への道を大きく広げる契機になるでしょう。そして、日本物理学会が、社会に開かれた存在として、社会の発展のために活用する道を模索するということは、とりもなおさず、それを支える研究者自身の視野の広がりを求められます。若い人たちが、自分にマッチしたより広い職業分野を選択できる方向を見定める為に、何をなすべきか、どう訓練すべきか、それに一番責任を持つべきなのはまた、物理学者である我々です。その意味で、基礎科学の広い分野をカバーする会員をもつ日本物理学会が、自ら、ポスドク問題解決のために、具体的施策を模索し、新しい職種を開発し、さらに物理学自身の研究の幅を広げるために、今回、キャリア多様化事業に取り組み、多様なキャリア形成に貢献することになったことの責任を重くかみしめています。そして、単に、職業戦線の多様化のみならず、物理学そのものの豊かな広がりと発展にもつながることを期待したいと思います。そしてそのなかで、物理学者自身も、さらに未開拓の分野へと視野を広げることが必要になるでしょう。開拓者の心意気が、こうした営みの中から生まれてくるのではないでしょうか。未開拓の地に自ら飛び込むことによって、シニアの研究者も含めて、そしてより広い層の物理教育に携わる教員の視野が広がり、あらたなテーマに挑戦できるかもしれません。そうなってこそ、物理学会もより豊かな発展を勝ち取ることができるのではないでしょうか。 そのためには、定年後の幅広い視野を勝ち得た研究者の貢献も期待したいと思います。そしてまた、企業や教育、行政の場で貴重な経験に学びつつ、それらの方々にアドバイザーとしてご協力を願い、ともに、長期ビジョンを見据えた人材育成、日本の科学技術のトップランナーを目指すための道筋を検討していきたいと思っています。
日本物理学会キャリア支援センター長 坂東昌子
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